誰もが懐かしく 素朴な幸せが蘇る
韓国で3万部のベストセラーエッセイ画集
日本語版に寄せた特別作品を含むオールカラー51点を収録!


「クモンカゲ」とは、昔はどの町にもあった近所の小さな商店を指す韓国語。今ではコンビニに取って代わられその姿を消しつつある韓国全土のクモンカゲを20年に渡り描き続けてきた、画家イ・ミギョンさんによるエッセイ画集。2017年に韓国で刊行された本作は英国BBC でも取り上げられ、世界的にも注目を集めた。フランスと台湾での翻訳出版に続き、待望の邦訳刊行!

絵・文:イ・ミギョン
1970 年、忠清北道・堤川生まれ。弘益大学美術学部西洋学科を卒業した後、主に人物画を描く油彩画家として活動を開始。
約20年前から、韓国全土を歩きながらクモンカゲを描き続け、ソウルを中心に全国各地で個展やグループ展を開催している。
2017 年に刊行された本書オリジナル版は、老若男女の多くのファンを得て、3 万部のベストセラーとなる。
2018 年には大手紙「朝鮮日報」に「ペン画家イ・ミギョンのクモンカゲ午後3 時」のタイトルでエッセイを連載。今後、クモンカゲをテーマにした絵本の刊行が予定されている。

訳者 : 清水知佐子(しみず・ちさこ)
和歌山生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)朝鮮語学科卒業。
在学中に延世大学韓国語学堂に留学。読売新聞大阪本社に勤務した後、ライターとして活動。
訳書に朴景利『完全版 土地』2、5、8 巻、イ・ギホ『原州通信』、共訳に金賢珠他編『朝鮮の女性(1392–1945)―身体、言語、心性』(いずれもクオン)、パク・イングォン『銭の戦争』(竹書房)がある。

【戸田郁子さんより 日本語版刊行に寄せてメッセージをいただきました】

クモンカゲ

 狭い店内にぎっしりと品物が並ぶ様子が穴倉のようだから、なのか。クモンカゲ(穴の店)という単語の由来は知らないが、今ではその音の響きすら懐かしい。80年代にはまだソウルのあちこちにもあって、留学生だった私も帰宅途中に立ち寄って、くだものやマッコリを買ったりしたものだ。

 懐かしいものを一つ一つ失いながら、人も町も成長する。なくなったクモンカゲの代わりには、大企業の経営するスーパーやコンビニができた。清潔で便利だけれど、「好き」とは思わない。人が懐かしさを覚えるのはサラムネムセ(人の匂い)であって、利便性ではない。

 クモンカゲの磁力に引きずられ、全国をめぐって20年になるという作家は、店の佇まいや周囲の風景まで克明に記録した。都会から遠く離れた場所にポツンと存在するクモンカゲは、古宅と呼ぶほどの高尚さもなく、「近代文化遺産」に指定されるような歴史性もない。あるのはただ、卑近な暮らしの痕跡だ。

絵の中には人の姿がない。でも絵に添えられた文章から、店の主人の声音や息遣いが聞こえてくる。店は主人を代弁する生物のように、過ぎ去った人いきれを反芻しているようにも見える。縁台に座ってにぎやかにマッコリを飲んでいた村人たちは、すでに彼岸に去ったのだろうか。

  他愛のない素朴な日常の中で、当たり前のように存在していたクモンカゲ。繊細なペン画にじっと見入っていると、なんだか涙が出そうになる。私も、そんなクモンカゲを知っている。私も、そんなクモンカゲが好きだった。それほど古くもない、宝物のような韓国の善き日々の記憶。

戸田郁子